巻頭言

アイボランティアネットワーク静岡会長 増本 旭

「再度お願い。視覚障碍者への声掛け」

 皆さん、明けましておめでとうございます。

 昨年も自然環境や社会環境への不安要素がまた一歩高まったように思います。 今年こそは、環境悪化の秒針速度が少しでも遅く、願わくば、逆戻りすることを願わずにはいられません。
 ところで、視覚障碍者に対する「声掛け」については、この欄でも何度か触れてきましたが、再度、このことについてお願いです。
 皆さんの中には、街中で視覚障碍者を見かけた時、自分から先に声を掛けると言う方は、どのくらいいらっしゃるでしょうか。いつだったでしょうか。テレビを見ていたら、盲導犬の指導者らしき人が「街中で盲導犬利用者が困っている様子を見かけたら声を掛けて欲しい」と話している画面を見たことがあります。これを見て、これからは、視覚障碍者が困っていたら声を掛けてあげようと思った方も多いかもしれません。
 皆さんの中にも、この「視覚障碍者が困っていたら声を掛ける」を実践している方も多いことでしょう。ある会場でこんな話をされた方がいらっしゃいました。その方は点訳技術も習得し、視覚障碍者(児)指導、サポートなども行っている、いわゆる視覚障害福祉の専門家でもあります。その方の口からも「街で視覚障碍者を見かけたら、見守っています。そして、もし危険なことや、困っている様子があったら声を掛けます」と話がありました。声を掛けてもらうことで、困ったことが解決すれば、それは大変うれしいことであり、大いに助かることでもあります。
 でも「困っていたら声を掛ける」と言うのは、けっしてベストではありません。街中を、白杖を使って、一人で歩いている視覚障碍者を見かけることも多いかもしれません。でも、例えさっそうと歩いている視覚障碍者であっても、常に不安な気持ちを抱きながら歩いているのです。周囲から見て困った様子も見られず、また危ないこともなさそうだと思っても、それは、あくまで傍から見た感じに過ぎません。常に「前方に障碍物はないかな」「段差もないかな」「自転車は大丈夫かな」「信号は今、何色なのかな」「階段は、もうじきかな」……などなど、聴覚や、皮膚感覚、ときには嗅覚など全ての感覚をとぎすまし、周りの状況把握をしながら頭の中にあるマップと照合させながら、緊張して歩いているのです。
 そんな時、周りから声を掛けてもらえば、どんなにほっとすることでしょうか。大げさに聞こえるかも知れませんが、視覚障碍者の単独歩行行動は一瞬たりとも気を抜くことはできないのです。一瞬の気のゆるみ、ちょっとした勘違いが、大怪我や、生命を奪うことにつながることは、ホームからの転落事故による視覚障碍者の死亡例からも明らかです。落ちそうな場合に声を掛けるのではなく、安全そうに見えても声を掛けてほしいのです。そうすれば、こうした事故もずいぶん無くなるのではないでしょうか。
 皆さんの周りには、何の不安もなさそうに歩いている視覚障碍者に、声掛けなど必要はないと思っている方もいることでしょう。盲学校に勤めていた時、ある学生が「点字ブロックの上を真っすぐ歩いていると、誰も声を掛けてくれないんだよね。信号でも誰も教えてくれない。どうしてでしょうか」と言われたことがあります。
 何年かまえ、この欄で、私が提唱する「サポート3原則」を紹介したことがあります。簡単に記すと、
・ベストレベルは、視覚障碍者を見かけたら声を掛ける人。
・グッドレベルは、視覚障碍者から声を掛けられたら、応えてくれる人。
・ワーストレベルは、視覚障碍者から声を掛けられると、だまって立ち去ってしまう人。
 と言うものです。
 電車の乗換駅での時のことです。電車に乗ろうとホームに出ると、電車の停車音が聞こえてきました。急いで乗り口を探がした私は、車内に一歩足を踏み入れ「この電車は下りでしょうか」と声を出しました。車内からは人声があちこちから聞こえていましたので、けっこう乗客がいるようでした。でも私の問いかけには、誰も反応しませんでした。そこで、大きな声で、再度、尋ねました。その直後、車内の人声が急に静かになり、電車のモーター音のみとなりました。でも、どこからも返事は聞こえてきませんでした。仕方がないので、急いで車外に出て、他の入口に移動しました。幸いにも前から歩いて来る靴音が聞こえましたので、行き先を尋ね、この電車が下りであることが確認でき、無事乗車できたと言うことがあります。
 この例の乗客は、まさにワーストレベルの人たちと言うことになります。そんなことあるのかと思う方もあるかもしれませんが、これに似た経験は意外と多いのです。最近、広い交差点を渡っていた時のことです。真っすぐ進んでいると思っていましたが、少し斜めだったらしく、中央分離帯の構造物に杖が当たりました。こんな時は少々あわてます。早く渡らないと車が走り出してしまい大変危険だからです。(この怖さは、何回か経験済みですが…)この時は急いで、横断中人の足音に耳をすませ、構造物に沿って戻りましたが、こんな時、「そちらではありませんよ」とか、「こちらですよ」などと声を掛けてもらえばどんなに助かるかと思いますが、そうした人は極めて少ないのが現状です。
 視覚障碍者に声を掛けたら「けっこうです」と、不愛想な対応されたと言う声も時々耳にしますが、そんな人は少ないはずです。是非、ご家族や周囲の皆さんに視覚障碍者を見かけたら、「ワーストレベルではなく、ベストレベルでの声掛けを」と伝えてほしいのです。

 視覚障碍者の安全な行動と生命を守るため、是非お願い致します。


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