巻頭言

アイボランティアネットワーク静岡会長 増本 旭

「また1歩、近づくか、視覚障害が過去の疾患になる時代」

 4月の大議員総会に出席いただいた皆さん有難うございました。
 総会では、今後のEVN静岡の在り方について触れさせていただきました。また、午後には、県視覚障碍者情報支援センターの活動を知っていただくため、顧問でもある、県立静岡大学短期大学部の立花先生をお招きし、講演をしていただきました。皆さんからも本会の今後の活動について、是非ご意見をお寄せください。
 ところで、医療の世界では、京都大学の山中教授が作成に成功したiPS細胞を応用した、再生医療や新薬の研究が今、世界中で盛んに行われています。
 iPS細胞とは人工多能性幹細胞の略で、皮膚や血液などから採取した細胞に特定の4個の遺伝子を導入することで、さまざまな組織、臓器の細胞に分化できるようにした万能細胞のことです。このiPS細胞の研究により、脳の一部とも言われている眼球の網膜再生も可能となってきました。
 本紙でも、以前iPS細胞による網膜再生医療について触れましたが、その際、「視覚障害は過去の疾患とになる時代が必ず来る」と言ったことを書きました。最近、この将来展望に関し、そうした時代の到来が、また一歩近づいたと思わせるトピックが報道されました。
 それはiPS細胞の他家移植による網膜再生医療のニュースです。
 日本では一昨年、眼科医によって世界ではじめてのiPS細胞から作った網膜色素上皮細胞の移植が行われました。
 この移植で用いられたiPS細胞は患者自身の皮膚から採取した細胞から作成したもので、これを自家移植と言います。
 人の体には、自分以外のものは異物と認識し、これに抵抗を示す、抗原抗体反応(免疫反応)と言われる働きがあり、他人の組織や臓器を移植するとそれを拒絶しようとする反応が起こります。
 そのため心臓移植や肝移植など、他人の臓器を移植する際は、拒絶反応をいかに抑えられるかが移植手術の際の重要なポイントとなっています。
 そこでiPS細胞による移植も、自家移植がベストの選択とされていました。 しかし、拒絶反応が起こらない自家移植も、臨床応用面では問題点もいくつか抱えています。
 その一つは疾患の再発の可能性です。疾患を発症した患者の全ての細胞には、その疾患を発症させる遺伝子情報が入っています。そのため、移植による手術が成功しても、いずれまた、同じ疾患を引き起こす可能性があることが指摘されています。
 そこで自家移植に際しては、手術前に、その細胞について、DNAのゲノム(遺伝情報)の詳細な解析が必要となっています。しかし、ゲノム解析には相当の期間を要するため、適切な移植時期を逃がしてしまう可能性もあります。また、自家移植は、個々の患者ニーズによる、いわゆるオーダーメードのため、1例につき数1000万円と言う多額の経費がかかります。
 そうした中で、今回、発表されたものが他人の細胞から作られたiPS細胞を使う他家移植です。前述したように他人の細胞を使うと拒絶反応が起こります。
 ところがいろいろな研究がされる中で、日本人の10数パーセントに、免疫反応が低い細胞を持った人がいることが分かってきました。そこでこうした細胞を集めてストックしておき(ストック細胞)、ニーズに合わせて利用すれば、移植による拒絶反応を大幅に減らせる可能性が出てきました。
 しかもストック細胞であれば、あらかじめゲノム解析を行っておくことができるため、安全性の確保が格段に上昇するとともに、手術までの期間も大きく短縮できることになります。
 更には、様々なiPS細胞を事前に培養しておくことで、多くの患者に利用することができるため、1症例にかかる経費も自家移植に比べて10数分の1に軽減できるとも言われています。
 こうした多くの利点を持つ他家移植による臨床実験が、厚生労働省などの認可が降りれば、世界で初めて、加齢黄斑変性の患者に対して、神戸で行われることになりました。
 一昨年行われた自家移植による臨床実験も2例目では、DNAに変異が見られたため、以後の臨床がストップしていましたが、他家移植の認可が降りれば、網膜再生の医療は加速化することが予想されます。
 そうなれば、冒頭に触れた「視覚障害が過去の実感になる時代」の到来が、また一歩近づくことにもなります。
 私などが、その恩恵にあずかる可能性は低いと思いますが、若い視覚障碍者にとっては、将来きっと実現するものと信じています。
 とは言っても、iPS細胞による他家移植の研究は、まだ始まったばかりで、未知の分野でもあります。
 視覚障碍者の「生きているうちに、見える世界を一度で良いから経験したい」「死ぬまでに、もう一度、見える世界に戻りたい」の願い実現のため、今後も熱い眼差しで、再生医療の動向に注目と期待をしていきたいと思います。


ネットワークだより一覧へ戻る
トップページへ戻る