まず雌の家鴨が先に立って、両脚でびっこを引きながら、いつもの水溜りへ泥水を浴びに出かけて行く。
雄の家鴨がそのあとを追う。翼の先を背中で組み合せたまま、これもやっぱり両脚でびっこを引いている。
で、雌と雄の家鴨は、なにか用件の場所へでも出かけて行くように、黙々として歩いて行く。
最初まず雌の方が、鳥の羽や、鳥の糞や、葡萄の葉や、わらくずなどの浮んでいる泥水の中へ、そのまま滑り込む。ほとんど姿が見えなくなる。
彼女は待っている。もういつでもいい。
そこで今度は雄が入って行く。彼のごうしゃな彩色は忽ち水の中に沈んでしまう。もう緑色の頭と尻のところの可愛い巻毛が見えるだけだ。どちらもいい気持でじっとそうしている。水でからだが暖まる。その水は誰も取換えたりはしない。ただ暴風雨の日にひとりでに新しくなるだけだ。
雄はその平べったい嘴で雌の頸を軽く噛みながら締めつける。いっとき彼は頻りにからだを動かすが、水は重く澱んでいて、ほとんど漣も立たないくらいだ。で、すぐまた静かになると、なめらかな水面には、澄み渡った空の一隅が黒く映る。
雌と雄の家鴨はもうちっとも動かない。太陽の下で茹って寝込んでしまう。そばを通っても誰も気がつかないくらいだ。彼らがそこにいることを知らせるのは何かと言えば、たまに水の泡が幾つか浮び上がってきて、澱んだ水面ではじけるだけである。