あくる日銭を貰うて先ず学校へ行つたが、教場でも時々繪の事に心を奪はれ、先生に何か聞かれても何を聞かれたか分らぬ様な事もあつた。 放課のベルを待兼ねて学校を飛出し、信さんに教わつた新店を尋ねたら、すぐにわかつた。 店へはひると一面に吊した繪のニスの香に酔うてしまふ。 あれも好い。 これも気に入つた。 鍛冶屋の煙突から吹き出る真赤な焔が黒い樹に映えて遠い森の上に青い月が出て居る繪も欲しかつたが、何となく静かな此「森の繪」にきめた。 粗末な額縁をはめてもらつてその上を大事に新聞で包んで店を出た時は、心臓が高い音を立てゝ踊つて居た。
帰り途に舊城の後ろを通つた。 御城の杉の梢は丁度此繪と同じ様なさびた色をして、お濠の石崖の上には葉をふるうた椋の大木が、枯菰の中のつめたい水に影を落して居る。 濠に隣つた牧牛舎の柵の中には親牛と小牛が四、五頭、愉快そうにからだを横にゆすつてはねて居る。 自分もなんだか嬉しくなつて口笛をピュッピュッと鳴らしながら飛ぶようにして帰つた。