運命をヒントに

          A君(3歳)のお母さん


 ちょうど生後1ヶ月になった時、救急車に乗り、こども病院へ運ばれました。着いた時には、もう手術の支度は整い、あとは私が手術の承諾書に印を押すだけになっていました。脳外科の先生からの説明もその時はゆっくりと聞く暇もなく緊急手術が始まってしまいました。一体これからどうなってしまうのか、この事態がうまく受け止められずただオロオロするだけでした。
手術が終わり、「この2、3日が峠です。」と言われ、「ああ、この子は死ぬかもしれないんだ」と思い、何とか2、3日過ぎると「このまま自分で呼吸をしなければ、人工呼吸器は抜けません。」と言われ、「ああ、もしかしたら植物人間(当時はこの言葉しか知りませんでした)になるかもしれないのだ」と知りました。運よく自力で呼吸をし、2ヶ月程で退院が出来ました。息子は奇跡的に命を取り留め、助かって、生きているのかもしれません。
その後、左手と左足に麻痺が出るかもしれないのでリハビリを、と言うことで3年間リハビリに通っています。
 フラフラとしていますが、歩けてますし、発音が悪い時もありますが、お話もいっぱいしてくれます。今になり、3年前の頃の事を思うと、私はノイローゼぎみで、年子の兄を抱えて家の中は荒れ放題でした。ヘナヘナと体の力が抜け、へたっばてしまいそうになる、そんな連続でした。
 今では「息子も私もあの手術で死んだのだ、死んだ人間にもう何も恐い事はない。」と前向きに開き直っています。日本の医学技術はすごいですし、この先、もっと医学が進んだ時には、私の脳ミソ全部息子にあげればいい、そう思っています。
 近頃では、転んでもタダでは起きるものかと思い、私にも何か出来る事はないかと考えられるようになりました。運命とは、運命的な出来事などといい、何か意味があっての事なのかもしれません。恨むだけでなく、運命をヒントに、私の出来る事は何か、と考えていこうと思っています。


Copyright(C) 1996 静岡市心身障害児福祉センター「いこいの家」
出典:いこいの家通信 No.171
静岡市心身障害児福祉センター「いこいの家」
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