いつも ありがとう

          H君(4歳)のお母さん


 平成4年12月10日午前6時30分、大きな産声をあげて我が家の長男は誕生しました。後に眼瞼下垂と斜視がわかったものの、1才半検診の頃は2語程出ていて特に問題なく育っていました。ところが、普通なら増えていくはずの言葉が消えてしまったのです。

 公園へ連れていっても外へ出てしまい歩道を徘徊ばかりするのです。手を繋いで歩く事も難しく、とにかく外へ出ると走り回る感じでした。家の中でも特定のものに固執したり、本を無意味にパラパラしたり、ベランダをウロウロしたりと奇行が目立つようになりました。でもまだ我が子に障害があるとは思ってもみませんでした。2才を過ぎてもおむつも外れない、言葉はない、外へ出ると他動になる、そんな状態でした。

 そんな頃、家に届いた社協だよりの中に「お母さんの詩」というコーナーがあり、息子とよく似た症状の子が障害児である事、いこいの家に通っている事が載っていて、初めてうちの子は障害児なのかもしれないと認識しました。大きなショックでした。
 斜視の手術の後、神経内科を経て、保健所の教室に月1回通うようになりましたが、相変わらず他動で、課題遊びにも参加しないような状態で3才近くになり、家でも指導の限界を感じ、切羽詰まった気持ちで保健所に今後を相談し、いこいの家を紹介され、2・3回の親子教室の後、慌ただしく入園が決まりました。とにかく進路が決まり、ほっとしたのが正直な気持ちでした。

 入園後は、給食は食べない、排泄はしないなどありましたが、先生方の暖かく熱心な指導のおかげで他動が落ち着き、アニメや園で習った歌を片言で歌えるようになり、単語や言葉も少し出てきました。

 7才になるお姉ちゃんは息子にとってとても良い先生であり友達です。いつも楽しそうに遊んでいます。息子が明るくなると、家の中も明るくなります。祖父母や身内も暖かく見守ってくれています。感謝でいっぱいです。

 ある秋の日、突然息子が私の耳元で「ありやと」(ありがとう)とささやきました。ポーテージで練習している言葉なのですが、私には「僕を生んでくれてありがとう」と言ってくれたような気がしました。

 子供と一緒にパニックを起こしてしまう未熟な私ですが、いつか本当に会話が出きる日が来たら、私から息子に「ありがとう」と言うつもりです。最後に家族やいつもお世話になっているすべての人たちにも、この場を借りて

「いつもありがとう。これからもよろしくお願いします。」


Copyright(C) 1996 静岡市心身障害児福祉センター「いこいの家」
出典:いこいの家通信 No.177
静岡市心身障害児福祉センター「いこいの家」
協力 ボランティア通信from静岡
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