息子よ、シアワセかい?

          Tくん(5歳)のお父さん


私の心はいつも乾いていました。それなりに楽しくはあったけれども、生きていく意味も知らず、人生の目標もなく、空虚な日々をただ過ごしていました。
そんな時、妻と出会い、人を愛する事を知り、息子を授かり、その時初めて「私は何故生きているのか?」その最初の答えを知りました。
充実感に満ちた日々は瞬く間に流れ、彼が3歳になった時の事です。彼の障害(自閉症)を告げる医師の宣告がありました。その日を境に、彼は「元気すぎる子ども」から、「障害を持った子ども」になったのです。
突然、訪れた彼の不幸に、私たち夫婦はただ泣くばかりでした。
人間というものは、これほど涙が流れるものかと半ば関心するほどに私の目からは涙が溢れ出し、職場でも、家庭でも、人目に付かない所を探しては涙を流す生活が一月ほど続いたのでしょうか。私は、ある事に気づきました。それは、息子の障害が分かった後も、以前と変わりなくニコニコと楽しそうに過ごしている事実です。彼は、自らを不幸だとはこれっぽっちも思っていなかったのです。私は、彼の不幸に涙していたのではなく、自分の不幸が辛かっただけなのです。
私は思いました。「息子の笑顔を絶やしてはいけない」と。彼の障害は、私たちにとってまぎれもなく不幸な出来事でしたが、それを彼にとって不幸な事にしてはいけない。 彼は、私たちがごく当たり前に望む幸せを得る事はないと思います。しかし、「幸せ」の価値観は、人それぞれ違います。彼には、彼にとっての幸せがあると、私は信じています。
私の人生に大きな目標ができました。「家庭においては家庭の笑顔のために、地域においては障害を持つ人たちが過ごしやすい社会にするために」 息子は、私にとって、生きていく意味を教え、人生の目標を与えてくれたかけがえのない大切な人間です。


Copyright(C) 1998 静岡市心身障害児福祉センター「いこいの家」
出典:いこいの家通信 No.192
静岡市心身障害児福祉センター「いこいの家」
協力 ボランティア通信from静岡
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