この子の笑顔とともに

          Aくん(4歳)のお母さん


 平成6年6月に我が子がこの世に生を受けてから、早くも4度目の誕生日を迎えました。高齢出産だった為に陣痛が起きてから出産までの時間が長く、私自身体力の限界と闘いながらの出産でしたが、取り上げられた時の我が子は産声を上げる力もない程の弱々しい感じでした。今でも病院での7日間を思い起こすと辛く悲しいものがありますが、一ヶ月検診の際に医師から告知された『ダウン症の疑いがあります。』の言葉に、奈落の底へ突き落とされたようなショックを感じたのは言うまでもありません。
 疑いなのだから、もしかそうでないかもしれない。でも自分自身一番恐れていたことでしたから、病院の新生児室で見る我が子が、他の子と何となく違うことを感じ取っていた私は、これは自分が恐れていたことが現実となってしまったのだという思いと、医師から告げられた言葉を否定したい自分の思いとの狭間で、私の苦悩が始まりました。当初は、この子の将来はどうなるんだろう。学校は?親なき後は…。そんな悲観的になるようなことばかり考え、眠れぬ夜を過ごしました。それでも、何とかしなくてはいけない。自分にできることは何でもしようと、気持ちが前向きになり、外へ連れ出せるようになってからは、同じように頑張っていらっしゃるお母様方に接する機会も増え、励まされたり、勇気づけられたりしたものです。心臓疾患の合併症(心室中隔欠損、動脈管開存、肺高血圧症)があることがわかり、1才3ヶ月の時に根治手術を受けましたが、術後の経過は良好で、5.5kgしかなかった体重が日増しに増加していき、いかに心臓の負担が大きかったのかを物語っていました。手術する迄は、呼吸することとわずかな量のミルクを飲むことだけで精一杯だったのだと今でも胸のつまる思いです。ICUから出てきた時の息子は、初めて200ccのミルクを飲み干し、その時の驚きといったら言葉では言い表せない程です。今ではやんちゃな男の子に成長してくれて、手を焼くこともままありますが、よくぞここまで育ってくれたと感慨無量です。
 最近では、『この子にはこの子なりの人生があるのだ』と気持ちの切替えができるようになり、将来への不安がないとは言いきれませんが、先のことはあまり考えずに今日一日を大切に明るく過ごしていきたいと望んでいます。子どもは親の鏡のようなもので、特に感受性の強い息子は私が落ち込んでいると、途端に笑顔が消えてしまいます。子どもが笑顔で過ごせる為にはまず親が明るく元気でいることが何より。どうなるかわからない不安を嘆くより今できることを精一杯やって明日につなげていこう。  この子の笑顔が消えないように。
 この子の瞳が輝き続けるように。


Copyright(C) 1999 静岡市心身障害児福祉センター「いこいの家」
出典:いこいの家通信 No.200
静岡市心身障害児福祉センター「いこいの家」
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