明日がある

          Yくん(5才)のお父さん


この子は、言葉が遅いなと思いながらも健常児だと思って子育てしていた三年前。会社の仕事の関係でタイのバンコクで生活していたが、帰国が決まり妻・子供を先に日本に帰しました。日本にいる妻との連絡の中で「遅れていると診断された。」と妻は、電話の向こうで涙声で私に報告してきました。「やっぱりそうか。それならそれでしかたないじゃないか。出来る限りのことはやってやろう。」と妻を励ましたものです。確かに、障害児を育てる大変さは育てた人にしかわからず、非常に手が掛かります。自分の子供だから本質的に、目に入れても痛くないのですが、将来この障害がなくなると言うことのない中で、日々努力するのは、肉体的・精神的にもヘトヘトになります。子供の自立・将来設計を考えると不透明な所も多く、息子は社会生活をしていくことができるのか考え込んでしまいます。

これまでどちらかというと会社人間であった私は、この子ができ確実に変わりました。その変化とは、会社・家族生活のウエイトが今まで、9:1だったのが5:5までは変更しました。定年後は会社が自分を見てくれるわけでもなく、また、妻だけではこの子供を育てきることは出来ないという自覚症状から家族とのつながり、とくにこの子とのつながりを大切にしていきたいと思ったのである。

タイでは土日も会社出勤が多かったのですが、現在はなるべく子供と遊びに行けるよう努力しています。しかし現実は、毎日毎日朝起きてから戦争です。いこいの家に通う前は、夜泣き等があった息子は、バスに1時間半も乗っていられるのかと心配もしましたが、この2年間でだいぶお兄さんになってくれました。自分のボタンをはめたりと2年前では考えられないようなことが出来るようになっているのです。妻は、リハビリ・言語教室と忙しく通わせておりますが、私は息子を連れて、川遊びをしたりするのが大好きです。妹が2年前に生まれ、最近物事がよくわかるようになり、言葉もだいぶ話すようになりました。時折、髪の毛をお兄ちゃんにひっぱられ泣いていますが、お兄ちゃんのことが大好きのようです。

何事も夢・希望を持ってやることが大切です。この子に「明日があるのか?」私達の目から見るとそう思うこともあるのですが、息子は息子なりに頑張っていて「明日はもっと楽しいことをしよう。」と思っているに違いありません。では、それに応えるために親として何をしてあげられるのか?現在の所、一緒に遊んだり、散歩したりしているだけですが、色々なことを経験させてやりたいと思います。「見返りを求めず、人のために尽くす」普通の子供の成長とは違うけれど、あの笑顔が私の疲れをなごませてくれます。明日が息子と共にある。謙虚な気持ちを忘れず、人の弱さ・痛みがわかるようになりましたので、もっともっと家族との繋がりを大切にしていきたいと思います。息子の成長は健全な家族生活に支えられているのですから。


Copyright(C) 2001 静岡市心身障害児福祉センター「いこいの家」
出典:いこいの家通信 No.231
静岡市心身障害児福祉センター「いこいの家」
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