こんな産まれの私ですが、よろしくネ

          Kさん(5才)のお母さん


 産前、分娩と特に異常はなく、オギャーという産声も聞き願っていた女の子が産まれて良かった!と幸せに浸っていた母でした。しかし、退院前の小児科の診察で心雑音があるということで、その日の午後丁度エコー専門の医師が来院するので父親も一緒に結果を聞くように言われドキドキしながら電話しました。「TVドラマのような事はないでしょう。」と慰めの言葉をかけてもらいましが、それがそうではなく、穴があいているというではありませんか。しかし、珍しい病名ではなく、手術すれば治ると聞き胸をなでおろしました。
 こども病院を紹介され、やはり一、二才での手術を勧められました。又、発作が起こらないよう、長く泣かさないようにと注意されました。「えっ、そんな・・・赤ん坊は泣くことも仕事なのに、言葉も話せない赤ん坊の訴えをどうやってわかれというの・・・」と頭を抱え、泣くたびにヒヤヒヤしていました。小さい子にメスを入れるのはかわいそうだが、まだ物心つかないうちに手術をしてもらった方がそれはそれで親子にとって楽かもしれないとポジティブに考えるようにし、周りにも病気の事は言わずにいました。
 その後、検診のとき発達が遅いのが気になりましたが、それも心臓病の影響かもしれないと言われてきましたが゛身内からは、どうも反応が鈍すぎるのでは?と疑われていました。その言葉は的中してしまい、9か月検診の時、こども病院で相談するよう言われました。丁度、術前の検査入院の時だったので、CT等の検査も受ける事になり、その結果は滑脳症といい、読んで字の如し、脳みそにシワのない、しかも脳みその濃度も薄いという、どうしてそんな子が産まれちゃったの?と愕然としてしまいました。発達の度合いは千差万別で訓練でどこまで伸びるかはわからなく、治療方法はないと宣告されました。原因はいろいろあると濁されましたが、脳みその濃度が薄いという事は、医療ミスが関係している事ではなく、原因は親にあり、他を責める事はできず、ただただ自分の否を認めざるを得ないという現実に涙するしかありませんでした。私の母も脳梗塞で障害者一級なのに、自分の子どもまでがどうして・・・という思いもあり、未だに受け入れられない思いがあります。かといって、育児を放棄するわけにもいかず、親の思いは子どもに映し出されるというので、あまり深く考えず、成るように生きていけばいいかと、楽観的に考えるようにしました。
 どうしたらいいのかわからないでいると、保健婦さんがいこいの家を紹介してくださり、通園でき、明るい先生方の手厚い愛を受け、お母さん方とは愚痴りながら生活の中での困った事を教えていただいたり、又、ボランティアの方々の協力でいろいろ楽しませていただき、活きる力を与えていただいている毎日です。多くの厚意に甘えるだけでなく、親子ともども成長していきたいです!!


Copyright(C) 2002 静岡市心身障害児福祉センター「いこいの家」
出典:いこいの家通信 No.241
静岡市心身障害児福祉センター「いこいの家」
協力 ボランティア通信from静岡
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