笑顔が充分伝えてくれる

          智花さん(6歳)のお母さん


智花は、平成十一年七月七日に生まれました。第2子という事で実家近くの産婦人科で、無痛分娩で出産しました。破水したことで予定より3週間早く産む事になりました。智花は病気もせずとても元気にすくすくと育ちました。小さい頃気になっていた事は、夜泣きがずいぶん続くなぁという事くらいでした。智花は10ヶ月の頃、3才上の姉と一緒に保育園に入園しました。その頃は、体も丈夫で、障害≠ニいう事は、全く頭にありませんでした。

1才半健診の時、保健婦さんからの言葉が遅い様なので専門医に診てもらっては?とのアドバイスも、なんとなく我が子の成長を否定されている様で素直に受け入れられませんでした。標準より少々遅くったってそれも智花の個性だと思っていました。でも同い年のお友達がどんどん成長していくのを見ている内に、智花は何故出来ないの?と思い始めました。2才の頃、園医の先生に、神経内科の診察を勧められた時、初めて、障害≠ニいう言葉が頭を過りました。でも我が子が障害者だという現実を飲み込めない自分があってその頃は何故?≠ニいう答えばかり求めていました。神経内科で、原因追求のあらゆる検査を受けました。案の定、体のどこにも異変はなく、原因不明で病名も特定できず、知的障害という事でした。

年少にあがる頃、園長先生に指定保育園を勧められ入園しました。クラスにさまざまな障害を持ったお友達が何人かいました。初めて障害児、その親御さんと接することで、それぞれいろんな障害があり、苦労も悩みもあるんだと少しずつ理解できる様になりました。でもやっぱりどうしても健常児と比べてしまう自分があってその都度自己嫌悪を感じていました。

そんな時、ある知り合いの方から「いこいの家」のおまつりに誘われ行ってみることになりました。「いこいまつり」は、ただ賑やかなだけでなく、なんだかとても暖かく感じられ、すべてが初めてのはずなのに、まるで家族の様な心地良ささえ感じられました。次の日即、申し込みをして5月に入園する事になりました。「いこいの家」に入園して2年になりますが、その間に私自身、障害に対しての考えが一変したと思います。

以前は障害はコンプレックス≠セと思う事もありましたが、障害は個性≠セと思えるようになりました。人は皆、色々な個性を持ち、それがその人の良い味≠引き出していると思います。

智花は、言葉を話せません。食事も一人では上手に出来ません。衣服の着脱も上手くありません。それが「障害」なのでしょうが、私は智花の個性だと…。食べる時のおいしい顔、散歩する時の楽しい顔、名を呼ばれた時の嬉しい顔、智花は、言葉の代わりに色んな幸せな顔を持っているんだ、こんな立派な個性があるんだと思えるようになりました。

いこいの家に入って感じたこと、それは障害≠ニしっかり向き合ってるって事…。まだまだ理不尽な事の多い世の中ですが、いこいの家の先生方、親御さんが子どもの障害をよく理解し、苦手な部分を助ける、当たり前にしていることがとても大事なんだと思います。

いこいの家に入ってからの智花は毎日とても楽しそうです。言葉が話せなくても智花の笑顔が充分伝えてくれます。「智花は幸せだよ。世の中の変な影響を受けないで生きていけるから…。」と主人は言います。

親は子どもが素朴さを失わないで育って欲しいと思うものですから…。智花の屈託のない笑顔で家族はいつも癒されています。これからも智花の苦手なことは、家族が助け、お互い支え合って楽しく生きていきたいと思います。

最後にいこいの家の先生方はじめ、お世話になった皆さん、ありがとうございました。


Copyright(C) 2006  こどもの杜「いこいの家」(静岡市心身障害児福祉センター)
出典:いこいの家通信 No.283
協力 ボランティア通信from静岡
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