30年前のこと

          太一くん(5歳)のお父さん


思い出したくないのに、思い出してしまうことがあります。

それは、まだ小学4年生の頃のことです。当時カブスカウトに入団していた私は、福祉施設の餅つき大会に参加しました。(現在の済生会小鹿苑の場所にあったと思います。)
そこには、私と同じ年ぐらいの子供たちが沢山いましたが、明らかに私とは違っていました。車いすに座りながら体を揺すって何やら大きい声を発している子供、全身を力ませながら、不器用に歩いている子供。私は、その子供たちとどう遊んだらよいのかわからず、早く終わらないかなぁと、そればかりを考えていました。
そして、大福作りが始まりました。大勢の大人たちに交じって、あの子供たちも一緒にお餅を丸めています。嫌な予感がしました。その時です。テーブルをはさんで私の目の前にいた女の子が、あんこだらけの手を私に突き出しました。何を言っているのかはわかりませんでしたが、「食べて」ということだけは確かでした。お餅もあんこもぐちゃぐちゃで、決しておいしそうではありませんでした。そして何よりも、目の前にいるその女の子が作ったものであるということが、私の体を強張らせていました。
そんな中、それを見ていた隣の女性、多分女の子のお母さんだったのでしょう。「そんな大福、食べられないわよね。」とやさしく声をかけてくれました。でもその人は、そう言ったきりでその大福を取り上げてくれようとはしませんでした。私は、自分が試されているかのようで、小さな絶望と大きな怒りを感じていました。
長い葛藤の末、私はその大福を一気に口の中に押し込みました。そして翌日、お腹をこわした私は、「あんな大福を食べたからだ。」と言い、母親に叱られました。

それから二十数年が経ち、長男・太一が生まれました。先生から、「脳性麻痺です。大変ですが、お父さん頑張ってください。」と言われました。しばらくぼんやりしていましたが、一番初めに頭に浮かんできたのが、この時の出来事でした。こうなってしまったことのすべてが、自分のせいの様な気がしました。

今、太一は、いこいの家の先生、病院の先生、お友達、近所のおじさん、おばさん、ヘルパーさん・・・、そして家族、みんなに愛されて成長しています。本当にありがたいと思います。


Copyright(C) 2006  こどもの杜「いこいの家」(静岡市心身障害児福祉センター)
出典:いこいの家通信 No.286
協力 ボランティア通信from静岡
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