宿の裏門を出て土堤へ上り、右に折れると松原のはずれに一際大きい黒松が、汐風に吹き曲げられた梢を垂れて、土堤下の藁屋根に幾歳の落葉を積んで居る。 其の松の根に小屋の様なものが一つある。 柱は竹を堀り立てたばかり、屋根は骨ばかりの障子に荒筵をかけたまゝで、人の住むとも思はれぬが、内を覗いてみると、船板を竝べた上に、破れ蒲団がころがつて居る。 蒲団と云へば蒲団、古綿の板と云へばさうである。 小屋のすぐ前に屋臺店のような者が出來て居て、それによごれた叺を竝べ、馬の餌にするやうな芋の切れ端しや、砂埃に色の變つた駄菓子が少しばかり、ビール罎の口のとれたのに夏菊抔さしたのが一方に立ててある。 店の軒には、青や赤の短冊に、歌か俳句か書き散らしたのが、隙間もなく下がつて風にあふられて居る。 こう云う不思議な店へこんな物を買いに來る人があるかと怪しんだが、實際そう云う御客は一度も見た事がなかつた。 其れにも拘らず店はいつでも飾られていてビール罎の花の枯れて居る事はなかつた。

 誰れにも譯のわからぬ此店には、心の知られぬ熊さんが居る。

 自分は濱邊へ出るのに、いつも此の店の前から土堤を下りて行くから熊さんとは毎日のように顔を合せる。 土用の日ざしが狭い土堤一杯に涼しい松の影をこしらへて飽き足らず、下の蕃藷畑に這いかゝろうとする處に大きな丸い捨石があつて、熊さんの爲には好い安楽椅子になつて居る。 もう五十を越えて居るらしい。 一體に逞しい骨骼で顔はいつも銅の様に光つて居る。 頭はむさ苦しく延び煤けて居るかと思ふと、惜しげもなくクリクリに剃りこぼした儘を、日に當てゝも平気で居る。

 着物は何處かの小使のお古らしい小倉の上衣に、澁色染の股引は囚徒のかと思はれる。 一體に無口らしいが通りがゝりの漁師などが聲をかけて行くと、オーと重い濁つた返事をする。 貧苦に沈んだ暗い聲ではなくて勢いのある猛獣の吼聲の様である。 いつも恐ろしく真面目な顔をして煙草をふかしながら沖の方を見て居る。 怒つて居るのかと始めは思つたがさうではないらしい。 いつ見ても變らぬ、これが熊さんの顔なのであろう。

 始めは此不思議な店、不思議な熊さんを気味悪く思うたが、慣れてしまうとそんな感じもない。 松原の外れにこんな店があつてこんな人が居るのは極めて自然な事となつてしまつて、熊さんの歴史や此店のいはれなどについて、少しも想像をした事もなく、人に尋ねてみる気も出なかつた。 もしこれで何事もなく別れてしまつたら、おそらく今頃は熊さんの事などは疾に忘れてしまつたかもしれぬが、ただ一つの出來事のあつた爲め熊さんの面影は今も目について残つて居る。