CATSのボスの遠聞近触 25 「白杖の単独歩行」


出かけることの多い私にとって「白杖」は、正しく生命を守る装具です。
そこで今回は、そんな「白杖」にまつわるエピソードをいくつか紹介します。
 まずは白杖と怖そうな男との遭遇2つ。
 その日、駅前では若者が数名でギター演奏をしていました。
私は点字ブロック上にいる聴衆に気を付けながら足を進めていました。
少し進んだ時、杖が何かに触れました。
その直後、私の「すみません」の言葉を掻き消すような大声で「ばかやろう、どこを見て歩いてるか」の男の怒鳴り声と同時に杖を掴まれました。
男はブロック上に座って楽器演奏を聞いていたようです。
「すみません」ともう一度、私。
その直後、杖から手が離れ、男は黙ってそこを離れたようでした。
たぶん握っていたものが白杖と分かり、気恥ずかしくくなったのでしょう。
 また数年前だったでしょうか。
仕事を終えた私は福祉施設に向かい、歩道の点字ブロック上を歩いていた時のことです。
前から近づいて来た自転車に白杖の先が当たり、杖が飛ばされました。
その直後「気をつけろ!」の大声。
私は腰を曲げて飛ばされた杖を探していると、背後から「気を付けて行けよ」と同じ男からの今度は少し優しい声が聞こえました。
これも杖をはねた後、ぶつかったのは白杖だったことに気づき、後悔の念が沸き上がったのでしょう。
 次は白杖の自転車自己。
走って来る自転車に杖を引っかけられ、折られてしまう事故は良く耳にする話です。
これは私のように単独歩行している視覚障碍者だけでなく、介助されている最中でも、こうした事故が発生しています。
私も年に1、2回は白杖事故に遭遇しますので、3つほど紹介します。
まずは、仕事の帰り、駅を出たところで自転車に引っかけられ折れてしまった時のことです。
私の前に止まった自転車から聞こえて来た声は、高校生ぐらいの若者でした。
若者は恐縮仕切った声で「すみません」と言いながら、私の手の中に紙幣らしきものを握らせようとしました。
「高校生ですか」と聞くと、母と二人暮らしなので働いているとのこと。
「修理代は要りません。
これからは周りに気を配りながらはしるように」と伝えて別れました。
きっとあの若者は、今までよりは少し周囲に気を付けながら走っていることでしょう。
 次は出勤途中に疾走してきた自転車に杖を引っかけられた時の話。
引っかけた直後、「折られたなと思った私はあっ」と声を出しました。
自転車はそのまま走り去ろうとしたので、少し大きな声で「すいません、ちょっと待って下さい」と言うと、自転車を引き、こちらに戻ってくる音がしました。
申し訳ありません」と言う声から判断すると30代ぐらいの青年に思えました。
「どうして逃げようとしたのかを聞くとともに、道では歩行者に気を配り、ゆっくり走ること。
また白杖は眼の見えない者にとって眼の代わりをするものであること。
そして折れた杖の修理代には、3ないし4000円ぐらいはかかることなども付け加え、今後、歩行者への気配りを忘れずに走るのであれば、その修理費は要らない」と最後のほうでは少し言い聞かせるような説諭調で話をしました。
この間、青年は黙って聞いていました。
これから電車似乗るのに杖がないと困ることを伝えると、青年は自転車のスタンドを立て「職場まで送ります」とのこと。
改札口まで送ってもらえば、後は駅員に頼むなどなんとかなる」ことを伝えました。
相手も職場に向かう途中だったらしいので、上司には、遅刻した理由を必ず伝えること、また白杖一本で歩いている視覚障碍者を見かけたら一言、声を掛けることを社員教育として取り上げてほしい旨を伝えてほしいとお願いし別れました。
 3つ目も、ある駅前での出来事。
その日、駅構内から外に出ると、そこはいつもより多い人込みでした。
杖で前を確認しながら歩き始めてまもなく、人混みの間から突然自転車が飛び出して来ました。
予期していなかったことなので、杖を引っ込める間は無く、杖はバキッと言う音とともに大きく折れてしまい、無残な形になっていました。
自転車はそのまま行こうとしたので「逃げないで下さい」と2度ほど声を出すと、老人が自転車を転がして戻って来て、「逃げていないよ」と一声。
その態度に「人混みの間を縫ってくるなら、もっと気を付けてほしい。
折れた杖を直さないと困るんです」と言うと詫びの言葉もなく、急に自転車が走り去る音がしました。
再び「逃げないで下さい」と走り去る方向に向かって少し大きな声を2度ほど出しましたが、言い終わるころにはもう自転車の音は全く聞こえませんでした。
 後の2例のように、杖を折ってもそのまま走り去ってしまう人がほとんどです。
中には、自宅まで送ってくれたとか、修理代を出してくれたなどの話を聞くことがありますが、そうした例は非常に少ないのが現状です。
 最近は歩道をかなりのスピードで疾走する自転車も多く見られ、常に車輪の音には気を配っりながら歩かなければなりません。
 特に横断歩道上を斜めに横切ろうとする自転車には、はっとさせられることも良くあります。
誘導メロディーが鳴り始めたからと歩き始めると、その直前を斜めに横切る自転車がけっこう多いのです。
以前は自転車に杖が分かるようにと、接近する音が聞こえだ場合は、やや大きく左右に振って注意を促していましたが、これは意外と逆効果でのようで、自転車に杖が当たることも度々ありました。
そこで今は立ち止まって走り去るのを待つか、ふり幅を小さくして歩くようにしています。
  杖にまつわる話は、ここに紹介したようないわゆる白杖事故だけでなく、白杖のおかげで感動的なサポートを受けたり、また白杖のおかげで命を落としかけない大事故を未然に防げた経験もいくつかしています。
そんなエピソードもまた紹介できればと思っています。
杖はセンサーであり、アンテナであるとともに、周りに知らせるシンボル機能、そして命を守る私の分身、いや身体の一部なのです。
 これからも、白杖片手に、街にそよぐ風や季節の香りを感じ、創造を掻き立てる音に3次元をイメージしながら単独歩行を楽しみます。

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